濁流となって押し寄せた鉄砲水、轟音(ごうおん)とともに起きた土砂崩れが、人々の生活を瞬時に奪った。4日、和歌山、奈良両県を中心に甚大さが明らかになった台風12号の被害。死者の中には、同日結納を予定していた和歌山県那智勝浦町長の娘もいた。「どれだけの家屋と人が流されているのか」。交通・通信網が寸断され、被害の全容が明らかにならない中で、警察や行政の関係者らはいらだちを募らせながら、懸命の捜索・確認作業を続けた。
世界遺産・熊野那智大社につながる和歌山県道沿いの那智勝浦町市野々地区。那智川の氾濫(はんらん)で、寺本真一町長(58)の自宅も流された。寺本町長は台風への対応で無事だったが、妻(51)と娘(24)の2人の行方が分からなくなり、4日が結納だった娘が遺体で見つかった。
行方が分からなくなる直前、妻から「娘が流された」という電話があったが、その後は連絡してもつながらなかったという。
町職員が撮った写真には、自宅が跡形もない風景が写っていた。「恐らく高さ10メートル以上の水が押し寄せた。あっという間に流されたのだろう」。寺本町長は一瞬気落ちした様子を見せたが、「被害に遭ったのはうちだけでない。全ての災害状況を把握し、早急に復旧に向けた対策、対応を考えると気丈に語った。
一方、1万世帯超に避難指示が出された新宮市。熊野川の氾濫により、高田、熊野川町地区では住民計約50人が孤立した。
世界遺産エリアの熊野速玉大社近くの新宮市相筋地区では、堤防の一部に穴が空き、熊野川の水が市内に浸水。川上のダムの放水量が増えたこともあり、同市と三重県紀宝町を結ぶ熊野大橋の堤防付近から水があふれ、流れ込んだという。
田岡実千年市長は「記録的な増水だった。熊野川の水が市内に流れ込んできたので避難指示を出した。堤防を越えたのは初めてと思う」と話した。
「もうだめだ。家が崩れる」。4日未明、土砂崩れが起きた田辺市伏菟野(ふどの)地区でも、山間部の静かな風景が一変。死者が見つかったほか、行方不明の捜索も続いた。
地区に通じる道路は4日午前、道路が崩落し十数台の車が立ち往生。アスファルトの道路は橋の手前で崩れ落ち、川は茶色に濁って轟音を立てた。地区に至る途中でも道路が数十メートルにわたり崩落。路上には、1メートル四方ほどもある岩が転がっていた。
土砂崩れ現場の近くに住む女性会社員(42)は「寝ようとしていたときに、家がミシミシと鳴った。外に出たら目の前の家が土砂で傾きそうになっていた」。慌てて避難しようとすると、「山は音を立てて、ゆっくりとすべり落ちていった」と話した。
自治会長の男性(62)は4日未明、知人から「もうあかん。家がつぶれてきている」と電話を受けた。男子高専校生(16)は「川の水位がいつもより高くてあふれそうで、怖くて一睡もできなかった」と不安そうに話した。